高校卒業時には英検二級 準一級程度の学力を目標に掲げた。
私の小学校はゆとり教育のモデル校(もちろん後で知った)だったので確か、
三年生あたりからALTが英語の授業を行っていた。
内容は英語を勉強というよりはビデオや音楽、ティーチャーの実技(なぜかカウボーイの鞭打ち)を見たりカードに描かれてる絵を簡単な神経衰弱のようなゲームをしたりした。
結構みんな熱心に授業には参加していたが、英語を習っていたとはあまり感覚がない。
なぜならそのゲームで得点を稼ぐとシールをもらえるためそのために必死になっていたのだ。
まず文化から入ってもらおうという考えだったのだろうか?振り返るともっといろいろなことをしたと思うが、シールとゲームと鞭打ちの音しか覚えていない。
中学校に入って本格的に英語を教わったのではなく、まったくの別物として始まったという感覚である。
私たちへの実験は役に立っているのかはさておき、この小学校から高校へのプランはもちろん連携のとれたものであってほしいと思う。
もちろん親の協力も必要だ。
大変だと思うが、英語の文の音読や英単語ドリルなど、
国語の宿題のように習慣づけるのも一つの手だろう。見てるだけでそれを覚えることは正直難しい。
またこのプランであるなら言語だけでなく文化や思想なども学ぶべきである。
極端な例えだがフォーレターワード(禁止用語)は勉学のためには教える必要はない。
しかし外人と同じ目線に立つのであれば、この概念は知っておくべきである。
またドラッグも海外では合法のものがある 差別がある 宗教があるこんなところも教えるべきなのだろうか。
何を持ってして学力とするのか、国際人とするのかここの線引きが難しい。
とりわけ言葉となると。
この言葉でトラブルになった少し珍妙な体験談がある。
私が学童保育でアルバイトをしていた時、子どもの中で「らんらんるー」という言葉が流行った。
これはマクドナルドのキャラクターがCMで使っていた造語だ。
しかし何故かこれが子ども達の間で呪いの言葉、これを隠語で「死ね」という言葉として広まっていたのだ。
原因はすぐに察しがついた。動画サイトでCMが編集されおもしろ動画として広まっていたのだ。
(私たちで言うフラッシュ動画のようなもの)
恐ろしいことだが小学生三年生の子どもがスマートフォンを操りその編集された動画を
ゲラゲラ笑って見ているのだ。これに誰かが呪いの言葉だと怪談を付け加えたのだろう。
子どもが持つ空想力や想像力、そして情報を持っているという優越感が完全に裏目に出たのだ。
あっという間に広がっていった。さらにマイナスなことにこれが誰かを攻撃する陰口の手段になってしまったのだ。
これはまずいということになったが中々取り締まるのも難しかった。なぜなら私たち大人がそのらんらんるーの真の意味を知らないからだ。結局その言葉自体を使用禁止にすることにより事態収拾することとなった。
しかしこれも逆効果だろう。子どもたちにとってこの言葉はさらに言ってはいけない言葉としてとられられてしまったのだから。これはもう覆ることは幼少期には難しいだろう。
このように日本語(この例は造語だが)であったとしてもニュアンスはわかるがそれをどう伝えるのかが難しいのだ。
一つ思い出すのが私が小学生時、韓国人のクラスメイトの異文化交流の機会があったのだが
誰かが「昔日本に併合されていたと言うんですが、併合ってどういうことですか?」と先生に聞いたとき、すごく難しい顔をしていた。
小学生の前で日本がアジアを侵略していたという歴史を教えるべきかと躊躇したのだと思う。
しかしその先生は起点をきかせ自分たちで調べてみようということになった。
でも小学校の図書館にはそんな解説が載ってる本なんて見当たらず、結局わからなかった。
だが今思えば、すごく難しいことを質問していたのだ。
英語には隠語がほんとに多く存在する。しかも映画や音楽を聴いているととてもナチュラルに出てくる。B'zにwild road という曲が存在するが、
隠語で「デカ尻」とシンプソンズで出てきたときはすごくショックだった。
これは知らなくてよかったことなのか知ってよかったことなのか自分でもわからない。
あまりマイナスなことを学校で教えるということは負い目に感じるかもしれないが、
マイナスなことではもはや片づけられないレベルまでこのプランでは持っていくことになる。
グローバルな人間とはなんなのか動向が気になるとこである。
サスパークで流れた日本語風の曲
J‐popは外人にはこんな風に聞こえるかもしれない。
海外で人気のあるバンド、少年ナイフの「butter cup」
カートゥンのパワーパフガールズの主題歌に抜擢された。
英語の発音とおかしな日本語のテロップに注目。
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