2014年1月16日木曜日

パーフェクトマン育成計画(not party party man) 外人恐怖症になるまで2

年の終わりに文部科学省が英語教育に対して新たな方針を打ち出した。
TOEIC780点以上英検準一級を取得していれば、センター試験の英語を満点扱いにする特例を出すという(http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/31/utce-toeic_n_4522053.html

私は大学入学の際AS方式(英語の得点を2倍にして合格ラインを線引きする方式)で
博打をする感じでなんとか進学することができた。しかし上記の特例を使えば、ほかの教科が平均点でも、ほぼ間違いなく私が在籍していた大学には入れるだろう。

このやり方には以下のようなメリットを求めているのでないだろうか?
1.英語への興味を深める。
2.先日打診した新しい英語教育計画とのリンクによる学力向上
3.英語検定の価値向上

とくに就活をした人ならわかるが、就活に役に立つものとしてTOEIC<英検というイメージではないだろうか。受験者数もTOEIC受験者が爆発的に増えているという事実もある。
私も英語検定二級を高校で取得したがエントリーシートには中途半端さを感じて書くことはなかった。
一方デーブスペクターが英検1級を持っている人物は企業は即戦力になるからどんどん雇用をすべきともテレビで言っていた。その番組はバックにアメリカ大使館と文部科学省が協賛していたが

TOEICに関しては高校の頃からTOEICの勉強をやらされ、また大学の講義内でも受験をした。
しかし私は学力向上のため受験したということではなく大学受験、就職の武器として受験をしていた。忌々しい有名企業のエントリーシートには自分のTOEICの点数記入欄があるとこもある。

だがこれでは結局英語を勉強することは大学に進学するため、会社に就職するためのもの。
今までの英語教育とさほど変わらないのでは、いやむしろさらに格差が生まれるのではと、
私の友人の商社マンは言う。
例えば、大家族の子どもはまた大家族になるという法則があるように。
英語教育に触れるきっかけになるのはやはり親がカギを握っているのだ。
私の場合は小学生のころから親に英語教育を受けた。ここにはテストのためだとか、受験のために
英語教育をしているわけではなく、自分の息子への投資、または技を授けるといった感じだろうか。

しかし中学になると今度は高校受験を視野に入れて点数を稼ぐ者、いきなり難易度があがり、
文法単語を覚えるという面倒くささから英語への苦手意識を持つ者。
果ては「こんなの俺の人生になにも得しない」とかぬかせばもはや手遅れだ。
日本人が日本人に英語を教えるのには限界がある。教えられる側が「なぜこんな必死なのだ?」と思ってしまうと中々身に入ってくれないものだ。
ALTもなんだかやる気がない。そもそもこいつらは一体何者なんだ?
また発音もナチュラルに話そうとすると「あいつなに外人ぶってるんだ?」と鼻で笑う奴もいる。
結局進学したい奴は英語を勉強し、すぐに社会に出ようとする奴は切り捨ててしまうのだ。
とくに後者は家庭に余裕がない場合が多い。「ウチのバカには英語なんて必要ない」となったら
もうそこで彼の英語人生は幕を閉じるのだ。公立中学はいろんな奴がいるというわけだ。

友人はTOEIC何点取得したとか、級を持っているとか結果だけではなく、
語学を学ぶという点を重点に置き、
やればやるほど世界が広がっていく、チャンスがつかめる。
そんな学習が必要ではないのかと述べた。

彼のすごいところは留学を高校2年の時、自ら決めて行った点である。彼が言うには、留学はできるだけ若い時やっておくべきだという。確かにそうだ。大学生になって成人して少し大人になってから世界に出るのと16歳で世界に出るとのはかなり勇気がいる。

また親目線からして、大人になって(しかもなりたて)で海外に行って今度は
要らぬものまで吸収して帰ってくるとこれまた問題だ。
愛娘が夜な夜な重低音が響き、薄暗い照明がまぶしいアメリカンなパーティーからパーティーへ
はしごするような軟派な者になるのは、見て気持ちの良いことではない。
日本には庭にプールがあるなんてまずないのだから。
かなり偏見があるが、MTVとか見てると向こうから押し付けてくる。
子どもであることが逆にそれから守ってくれるのだ。悪ガキはいっぱいいるらしいが。

しかし高校という閉鎖的でかつ大きなコミュニティで順応するのにはかなり苦戦したという。
なぜなら付き合う相手も子どもだからだ。
となりの奴に「ちょっとノート見せてほしい」というのにも一苦労だったらしい。
スクールカーストの中でどの仲間に入るのを見極めるのも大変だ。
またホストファミリーやホストブラザーとのコミュニケーションも取らなくてはならない。
繰り返すがこれを高校2年でやってのけたのだ。

しかし彼はこの切迫した状況をある一つのことで打開できたのだ。彼はサッカーがうまかった
それは向こうでも同じでなんとスクールでトッププレイヤーになれたのだ。
自分が得意なものを活かし、スクールカーストに自分をねじ込んだのである!故に彼はとても自信が付いたという。
大学生になったときには彼は留学ではなくアメリカを放浪していたのだ!
彼のフィールドは世界になったていた。
また子どもであることはいいことだと思う。インターネットが普及した今、うまく調整すれば、
子どもと子どもをつなぐことができるのではないだろうか?可能性はいくらでもある。

つまりまとめるとイナンターナショナルで日本で即戦力の人物を作るためには
子どもの内に親がやらせることは
1英検、TOEICの勉強
2SPIの勉強
3サッカー
4早い段階での留学
ということになる。
あとはいかに子どもにやる気を出させるからだ。
インセンティブなり、褒めるなり、ここは親や学校が考えるべきである課題だ。


いつも友人と酒を飲んで酔うともし子どもができたら留学させるか?という話題で盛り上がるが
二人とも寂しくなるから嫌だという結果になった。
私自身、なぜ留学しなかったかというと、留学したからには変化をしなくてはいけないという
強迫観念にかられたからだ。
行ってさえないのに。
実際、俺は世界に出て変わった!と背伸びするのは、息苦しそうだなと私は思ってしまったのだ。
たま~にこれがパーティーからパーティーへはしごするような人の行動理由なのかなと思ってしまうことがある。

また留学費用もバカにはならない。日本の留学生の数も年々減少傾向だと言う。その原因の一つに経済的余裕がないが挙がっていた。
ではどうすれば安全にそして本場の駅前留学の詐欺に合わないようにするのか。
実は答えはいたってシンプルだ。何故ならアメリカは日本に存在するからである。
つづく


Tommy Sparks: She's got me dancing

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